先日も触れた「教養」について、もう少し記載したいと思いまう。
不適正事案や不祥事案を無くすためには、「教養」が必要なのですが、その「教養」をどうしていくのかというのも大切な問題です。
警察力を強くするためには、人材育成は欠かせないもので、そこには知識を得させるという「教養」も必要となって来ます。
警察職員だけではなく、人は強くなるためには、何が必要なのか。知識や経験を自分のものにするためにはどうしたら良いのか。
「失敗は成功の母」という言葉があるように失敗を積み重ねることによって、人は成長し、糧になるのかもしれません。
失敗を積み重ねる経験によって、人として熟成していくのだと思います。
指導者であれ、人材を育成しようとするものは、そのように指導するでしょう。
しかしながら、外科医が手術を失敗出来ないように、警察職員には「失敗」は許されないのです。
そのことを認識して教養なり、指導をしているのかということを考えてみる必要があります。
警察組織自体が、誤った報道や評価などに対して、抗議をしたり、説明を尽くすことなく、「これ以上、荒立てたくない。」「話しが大きくなると困る。」という考え方によって、一時期、警察教養において、「愚直」ということがもてはやされた時代もありました。
これらの間違った教養によって、現場に立つ警察職員は、「我慢」を強いられることになります。「警察職員だから飲んだら騒ぐな。」「警察職員だから態度に気をつけろ。」
警察活動は、コミュニケーションから始まるものでもあり、職務を遂行する以上、日常茶飯事にクレームや抗議、牽制はあります。
仕事の本質を理解しないままに、「愚直」や「我慢」を強いることは、組織のパワハラそのものであり、絆の醸成などは程遠く、働きやすい職場環境などを構築することは不可能となってしまいます。



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