東京で勤務していた企画分析課は、組織犯罪の行政処分、事件捜査支援をする暴力団対策課と一緒の部屋でした。
当時、暴力団対策法の改正によって、賞揚等の禁止が出来たのですが、指定暴力団に当該命令を発出するために7府県の担当官とともに兵庫に出張したこともありました。
また、暴力団対策課の仕事でもある業務監察に出張させられたこともありましたが、その出張から帰って来ると上司で、後の長官となった企画分析課長から、「なぜ暴力団対策課の仕事をしているのか。」と聞かれ、理由は分かっていましたが、「分かりません。」と答えたところ、数日後に「暴力団対策課兼務」の辞令を頂く羽目となってしまいました。
同じ時期に、京都府県から出向していた警部の上司である警視が、見覚えのある顔でした。
警部補のころに「知能暴力専科」で、関東管区警察学校に入校していたのですが、そのときにいつも私の席の後ろに座って授業を受けていた沖縄県警の人が彼であり、5時限を過ぎたころから元気になる人でした。
当時、授業の一環で、班行動として、朝から中央線に乗って、東京メトロに乗り換えて、証券取引所に向かったのですが、彼は、一駅ごとに下りて、休憩するので、朝早く出かけたにもかかわらず、集合時間に遅れて、霞ヶ関のえらいさんにものすごく、班員全てが怒られました。
専科卒業後は、年賀のあいさつなどをしていたのですが、沖縄に年賀状を送るという風習が無いことから、なしのつぶて状態となっていたものの、偶然に霞ヶ関で彼を発見したのでした。
彼の部下である警部を訪ねていくと、デスクで話しかけてきたのが、彼で、訪ねた警部の上司だったのです。
15年以上前と同じように、「先輩。僕ですか。いつ飲みに行くんですか。」と聞いてきましたので、「違うわい。警部に用事があるねん。」と言って、彼の誘いを躱しました。
その後、何度か同じような会話がありましたが、島流しにあっていた2年間、彼とは一度も飲みに行くことはありませんでした。
一期一会というように、本当に人との出会いは一度きりの出会いだと思って、接しなければならないということが良く分かった出来事であると同時に、巡り巡って、また出会うこともあるのだと、まさしく世の中は狭いなと思った次第です。
が、その後、10年以上経ってからも彼とは出会うことになって、お世話になり、一緒に飲みに出かけたのです。



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