人とのつながりというのは、不思議なもので、「恋人」や「家族」というつながりや、「組織」や「会社」とか「知人」というつながりもあります。
家族は別れても、「血」というつながりがあるでしょうが、恋人は別れてしまったら、何のつながりもなくなってしまうかもしれません。
組織や会社は辞めてしまえば、同僚あるいは上司や部下というつながりは無くなってしまいますし、知人というものにあっては自分の都合の良いときだけのつながりになるのかもしれません。
法律でつながっていたり、血でつながっていたりしているのは、ある意味では客観的なつながりであって、子供は守って育てていかなければならないとか、どんなに悪い子であっても面倒を見ていこうかとか、そういう主観的な思いはどこから湧き出てくるのかなと思うことがあります。
一緒に長い間暮らしていたり、「子供は三歳までに親孝行をする。」というように弱く愛らしい幼いころを知っているからこそ「情」が出来て、つながりが強くなるのでしょうか。
多くの人がいて、そこで誰かに出会うということは、本当は奇跡みたいなものかもしれませんし、その奇跡みたいな出会いがあって、共有の時間を過ごすというのは、もう天文学的な確率になるのではないでしょうか。
今年の漢字というもので「絆」が取り上げられたのは、もう10年以上前のことでした。警察の組織でも「絆」ということを求めてきています。
「絆」というのは、人との結びつきやつながりを表す言葉として、今は通用していますが、元々は、「綱」という意味であり、馬や牛を繋いでおくものが「絆」と言ったようです。
昔の意味ではないのですが、「絆」は「人を束縛して繋いでおくもの。」であってはいけませんので、お互いが信頼して「絆」が結ばれるようにしていかなければなりません。



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