「もっと感謝される仕事だと思っていました。」と言って、組織を去った警察官に対し、「警察の仕事は感謝を求めるものではない。」と言った内容を部内誌に投稿していたキャリアがいたことは、少し前に記載したとおりです。
誰も感謝されたいがために警察職員になったわけではありません。感謝を求めているわけでもないのですが、そのようなことが分からない幹部もいるのです。
ある署の警務課長をしていたとき、警察の窓口と同じ位置にいた安全協会の女性職員から、「私たちには保険も手当も無いんですよ。それなのに変な人が来てもいつも知らないふりじゃないですか。」と詰め寄られたことがあります。
これは私自身に言われたことでは無いのですが、忸怩たる思いでした。窓口には極力出て対応しているつもりでした。きっと私を含めて「腰が引けた警察官」「頼りない警察官」として映っていたのでしょう。
交通部理事官時代に交通実践塾を開き、生の声を聴きたかったことから、アンケートを行ったところ、「警察が嫌われているのは取締りを行うから・・・・。取締りを行わないと死亡事故が減少しない。違反者にはボロクソ言われるとさすがに心が折れそうになります。このジレンマは無くならないのですか。」と書かれたものがありました。
また、「なぜ交通警察官になりたくない人が多いのでしょうか。」と書かれたものもありました。まさしく、前述の思いがその答えとなっているように思います。
どんなに仕事に誇りを持ち、使命感に燃えて交通取締りを行っても、罵詈雑言を浴びせられ、ときには人格をも否定する言葉を投げかけられれば、心も折れますし、何件検挙すれば死亡事故が無くなるというものでもない、出口が見えない仕事が交通取締りでもあるのです。
東日本大震災において、福島原発を冷却させるために出動した警察官の68%が「死の恐怖」を感じ、その41%が「任務放棄」も考えたと言います。
しかしながら、誰一人として任務を放棄せず、死の恐怖すら克服して任務を継続した理由の92%は、「仲間との連帯感」という答えでした。



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