私が警察官になった当初は、職務執行にあたり、比例の原則などと一緒に「民事不介入」という教育を受けてきました。その教育が間違っていることは明白ですが、当時は、「間違っている。」は思わずに教育して、教育されて来ました。
そもそも、捜査をするということは、犯人を見つけ出すことであり、それは、遺族や被害者が損害賠償を求める相手を特定することと同じです。
つまり、犯罪捜査は、自ずと最初から民事に介入しているのですが、犯人は財産を持っていないので、現実には損害賠償の請求がなされていないというのが現実なのです。
殺人事件や死亡事故に遭った被害者の遺族は、被疑者に損害賠償をする権利を持っていても、それが叶わないということです。交通事故であれば、保険請求も出来ますし、無保険車であっても、それを補う法も存在します。
一方で、殺人事件の遺族には、国から給付される遺族給付金は微々たるものであり、事件を引き起こした被疑者には
「国選弁護人を依頼できる、食事を給付される、医師の診察を受け、投薬もしてもらえる、懲役刑となっても対価を得られる、刑を終えれば自立支援組織の援助もある、住むところや就職の斡旋もある」
ということになります。
しかしながら、遺族は
「働く大黒柱を失った、住むところもなくなる、働こうにも誰も斡旋してくれないし、精神的に不安でも病院にかかれないし薬も買えない、被疑者に言いたいことがあっても言えず、捜査に関する手続きも教えてもらえず、国選弁護人もつけてくれない」
という現実が、少し前の遺族の実態であり、被疑者の人権に比べて、20年から30年遅れていると言われていたのです。
遺族や被害者に対する支援は、これで足りるというものではありませんし、心の傷は一生残るに違いありません。



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