仕事の量が増えたり、仕事をする時間がながくなったりというのも大変なストレスですが、人間関係というのもストレスにつながるものです。人間同士の対応力を身につけるというのも大変なことだと思います。
人の気持ちを推し量るという意味で、「忖度」という言葉を使います。「〇〇さんの気持ちを忖度する。」という使い方をします。似た言葉に「斟酌」という言葉があります。「〇〇さんの言葉を斟酌する。」という使い方をします。
忖度が「推し量る」という意味ですが、斟酌は「相手の事情や心情を汲み取り、十分に考慮したり、取り計らう。」という忖度よりも、さらに相手のことを深く考えているという意味になります。
忖度さえ、なかなか出来ないのに、斟酌なんてとても出来ないと思います。また、忖度や斟酌をすることによって、自分の心が疲弊してしまうような気もします。自然と人を気遣い、人の気持ちを忖度したり、その言葉を斟酌するというのは、人としてのセンスかもしれません。
現役時代は、刑事警察が長かったのですが、「センス」というのは、なかなか身につくものでもなく、「センス」を端的に一言で表すとしたら、それは一種の「勘」なのかもしれません。
「何かおかしいな。」「スッと腹に落ちてこない。」「ちょっと引っかかる。」ということに気づいて、それを掘り下げようとする意識を持つことが「センス」につながると思います。
この「センス」には、「経験」や「知識」も必要ですし、ときにはひらめきから来るかも知れません。「情報」を得ても、それが「何かの法律に触れる。」あるいは、「もっと掘り下げてみよう。」と疑問を持たなければ、見過ごしてしまうことになります。
情報ではなくても、部下や同僚の心のSOSに気づかない、あるいは見過ごすということにつながり、結果が重大なものになってしまうかもしれません。
人間はひとりでは生きていけません。言いたいことを言って、喧嘩をして、それでも仲良く過ごせる仲間や同僚や友達が必要だと思います。言いたいことを言うのはそれだけ相手を信用しており、相手もそれだけの包容力を供えているからこそできる喧嘩もあるのです。
言い古された言葉ではありますが、「強くなる。」ということは、それだけ、優しくなれるということだと思います。


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