私が最後に署長として赴任した警察署は、10年ほど前に、京都駅などを管轄する警察署を再編した警察署であり、新任として初めて赴任した警察署でもあり、副署長で勤務をしていましたので、3回目の勤務となっていました。
当時の庁舎は、20数年前の新築されたのですが、当初の計画では、署長室は2階で、会計課が1階の予定だったのですが、当時のトップの「署長室は一階だろう。」という一言で、会計課が2階となってしまったのです。
どう考えても、市民応接からは乖離したものなのですが、当時の幹部がなぜ諫めなかったのか、はたまた諫めても聞かなかったのか、不思議でなりません。
警務係が受付をしたり、来庁者に対して声掛けをしていましたが、遺失者はともかく、拾得者に対して、階段やエレベーターを利用して、2階にあがってもらって、それもどんつきまで行ってもらうように案内していることは心苦しいものがありました。
また、会計課までの渡り廊下は、前面がガラス張りになっており、アコーディオンカーテンで覆っているとはいうものの、目をやれば署庭は、丸見えであり、護送をはじめとして、霊安室までもが見通せるという状況にもなっていました。
お子さんなどは、パトカーや大型輸送車などが止められているので、どうしても見たくなるのが身上だと思いますが、署庭には、一般の方々には、見せたくない光景や見せてはならない光景もありますので、問題が多いとも考えていました。
署長として赴任したときの命題は、対外的には、「反社会的勢力を潰すこと。」「暴力団事務所を無くすこと。」、内部的には、「会計課を一階に移すこと。」と決めてきました。
会計課を一階に移すといっても、費用がかかることからも慎重に本部会計課と詰めてきたのですが、幸いにも、理解を得られる方々がおられたので、在任中に工事をして、移すことが出来ました。
自分の考えを固執することによって、市民に対して、不便な思いや不快な思いをさせるということを考えない幹部が居て、その幹部を諫める幹部もいないというのであれば、組織は瓦解していくでしょう。
会計課を一階に移した後に、総務部長で退職された方から「私には出来なかった。」という言葉をお聞きしましたが、思いは誰でも同じだったのだと思います。しかし、実行に移すとなると、生殺与奪権を持った強大な幹部の前の怯むのも当然だと思います。
うるさいとか煙たいとか思われても、おかしいことはおかしいと言える組織でなければ変わることはありません。警察改革の原因は、その生殺与奪を持った幹部が自ら招いたことであるという事実を忘れないようにしなければならないのです。



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