ある県で共犯の供述をもとに事件を組み立てて、共犯とされた者が裁判で無罪となった事件について、ある新聞では「自供偏重の捜査」と解説していましたが、そもそも捜査において、「自供」というのは「情報」の一つにしかすぎませんので、「自供偏重」ではなくて、「自供」という「情報の確度」の捜査を怠ったというのが正しいのではないかと思います。
被疑者が死亡するとマスコメディアはこぞって「動機や背景」が分からなくなったと報道しますし、被疑者が逮捕されれば「動機や背景」の解明が待たれるなどと報道します。「動機や背景」という犯罪に至った被疑者の心理を解明するためには、被疑者自身に語ってもらう必要があるのですが、自己都合的な報道をしていて恥ずかしくないのかと思わずにはいられません。
巡査部長から警視まで捜査第二課で勤務し、構造的不正や政治的不正の捜査に携わってきましたが、代表的な事件である「贈収賄事件」や「選挙違反事件」において、任意捜査から強制捜査に移行するためには被疑者の自供は大前提となってきます。
現金や物などの受け渡しがあれば、外形的には贈収賄事件や買収事件の要件を満たすのですが、それが「賄賂」であり、「選挙運動や投票の依頼」であるということは、被疑者の「趣旨」の供述がなければ特定することは難しいのです。「内心犯」と言われる知能犯事件には、被疑者の「供述」ひとつで起訴出来ないということはたくさんあります。
現金の受け渡しがあったとしても、それは「債権債務」かもしれませんし、「譲渡」や「貸借」かもしれません。また、「賄賂」であるなら、受け取る側に「職務権限」が無ければなりませんし、無いとしたなら別の犯罪である「詐欺罪」を構成することになります。他にも「対価性」などもありますが、法的な話はここまでにしておきます。
贈収賄事件や選挙違反事件の被疑者は往々にして高学歴で高い地位の人が多いので、取調官を見下した対応を取ってきますし、身分相応の知識も有していることから、自らの身分や地位を失う供述を簡単に取れるものではありません。
贈収賄事件や選挙違反事件だけではなく、被疑者の取調べにあっては、罪を犯していても自供出来ない、あるいはしないという理由を考えて行う必要がありますし、取調べまでに時間的な余裕がある場合は被疑者の環境等を徹底的に捜査して「頭」に叩き込んでおく必要があります。
ドラマや映画などでは「完全自供」を「完落ち」などと言っていますが、そのような「自供」は絶対にありません。どれほど反省した被疑者であろうと人間は「言い訳」をする動物であり、自分を大切にしたいという気持ちを持っていることを忘れてはいけません。
被疑者は、必ず「言い訳」をするものであり、その「言い訳」を理解して取り調べなければならないということ肝に銘じておいてください。



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