Eva(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)

思い遣る心

取調べ

 捜査第二課の巡査部長で、まだ駆け出しの刑事だったころに被買収被疑者の任意出頭と取調べを命じられ、当時はひとりで被疑者宅に赴き、警察署まで任意出頭を求めて、ひとりで取調べを実施し、1日で被買収被疑者を数人取り調べるような時代でした。

 もちろん、応援に行った署でもあり、地理的な問題も含めて、被疑者の環境なり、生い立ちなどを調べている時間的余裕はありませんでした。ただ、当時の取調べがのちの自分自身の捜査員として取調べの糧になったのではないかと思います。

 その日も、早朝から「日当をもらって選挙ポスターを貼った。」という被買収容疑で、ひとりで被疑者宅に赴き、警察署までの任意出頭を求めて、取調べをはじめました。

 選挙ポスターを貼ったことは話し始めたのですが、弁当をもらったことや日当をもらったことは口をつぐんでおり、昼を回ってから、やっと数千円の日当をもらったことを話しましたので、ありきたりではありますが、選挙違反になることが分かっていたので話せなかったという否認から自供に至った理由を記載して供述調書を作成し、被疑者の身柄請けを取ってから帰宅させました。

 しかしながら、これが何だったのか、今でもよくわからないのですが、数千円をもらったことは確かであろうが、何か腑に落ちないというか、もやもやする気持ちがあって、自分自身の取調べが足りなかったのではないかと思って、班長に進言し、明日もう一度、同じ被疑者を取り調べることを願い出ました。

 結論から言うと、次の日とまた次の日もその被疑者に任意出頭を求めて取り調べました。何が腑に落ちなかったかというと「自供に至る内心の変遷」だったのです。その被疑者は、取調べによって3日間

選挙ポスターを貼って、各々日当をもらっており、その額は数万円になっていました。

 被疑者は、ほとんどの住民が顔見知りであり、小さな町なのに自分だけが3日に亘って日当をもらっていたということが自供する妨げとなっており、1日だけの日当を自供すれば他の被買収被疑者である住民と同じくらいの額であることから、それだけを自供したのです。

 また、別の被買収被疑者を取調べたときには、半日経っても全く自供を得ることが出来ませんでした。被疑者の環境を調べるという時間的余裕は無かったものの、「ひょっとしたら違反をしていないのではないか。」という思いは一切ありませんでしたが、「何が自供の妨げになっているのか。」という思いでいっぱいでしたので、いろいろと水を向けるのですが、自供に結び付くことは全くありませんでした。

 頑なに話すことを渋っていた被疑者も、やっと、ぽつりぽつりと話すようになり、確かに日当をもらっており、「選挙運動をすることの報酬であること」も自供しました。それよりももっと口が重かったのは、「なぜ、正直に話せなかったのか。」ということを聞き出すことでした。

 その答えは「娘が受験に合格して今春から大学に通っている。私が選挙違反をしたことが大学に知られると合格が取り消しになって娘に迷惑をかける。」というものでした。「父親が選挙違反をしたから娘さんの合格が取り消されることなどは絶対にない。」と父親の思いを否定することは出来ませんでした。

 自分がした行為は選挙違反になることは重々分かっているのだけれど、簡単にお金になると思ってした軽率な行為が、大事な娘が一所懸命勉強して勝ち取った輝かしい努力を、人生を台無しにすると考えれば考えるほど正直に話せなかったのだと思います。

 そのときの娘さんであれば、きっともう50歳を回る歳になっていると思いますが、子供も思う親というのは、他の人から見れば「馬鹿だな。そんなことないさ。」と思うくらいに子供を慈しみ、愛しているのだと思います。

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