家族などに宛てた遺書には、困ったときには指揮官であった私や取調官を頼るように書かれていたのですが、自死を選んだのは私が指揮した捜査であることは間違いありません。
捜査第二課において、郵政省(当時は国家公務員でした。小泉首相の命を受けた京都府警が潰したとも言われました。)の贈収賄事件捜査を指揮していたときに、首謀格の被疑者ではないものの、おそらく賄賂をもらっている蓋然性が高い郵政職員がいて、その郵政職員の取調べを同期生に下命しました。
同期生は取調べの結果として、「賄賂はもらっていない。」という報告をしてきたのですが、証拠等から釈然としない内容でしたので、再度、取調べを下命したのですが、結果はやはり同じものでした。
私としては、「賄賂をもらっていて何か言えない理由がきっとある。それは郵政職員を首になるとかそういうものでは無い何かがあるはずだ。」という感覚というか思いがあったのですが、捜査の合理化を考えて、それ以上、取調べを下命することは辞めたのですが、「取調官が同期生であった」ということも一因だったのは間違いありません。
取調官であった同期生とは事件が終結してから、酒を飲みながらゆっくりと話したら良いだろうと漠然と考えていました。しかしながら、それから贈収賄事件が郵政省ぐるみの選挙違反事件と進展していったことや、同期生は昇任して異動していったことからも飲む機会を得ることは出来ませんでした。
郵政省の一連の事件が終結するころに、同期生が取調べた郵政職員が自死したことを知りました。その郵政職員は職場から借りられるだけのお金を借りており、その使途先は家族にもわからず、退職金も借金に補填されてしまい、家族にお金が残ることは無かったようでした。
そのころには郵政省にも「監察」部門がありましたから、当然ながら追及も受けたと思いますが、生活状況などを聞くに及んで、その郵政職員は間違いなく賄賂をもらっており、賄賂を贈った人物あるいはそれを嗅ぎつけた人物から脅され、職場から借りたお金を渡してきたのではないかと思いました。
同期生にしっかりと取調べさせて、自供を得ていたのなら、郵政職員としての立場は失うかもしれませんが、お金を借りる必要もなく、退職金も出たであろうし、自死する必要さえなかったのではないかという忸怩たる思いにかられ、自分の捜査指揮の甘さを思い知らされました。
郵政職員を取調べた同期生とは、事件に追われていたという自分勝手な都合で飲む機会を作らず、その後、同期生は検査のため病院に行ったまま帰ることは無かったので、未だにその取調べについては聞けずじまいでしたが、近い将来、天国か地獄で出会ったら、飲む機会を作らなかったことを詫びてから聞いてみたいと思います。



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