Eva(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)

許された危険Ⅱ

巡査部長

 口座を開設した理由が分からなかったのですが、偽造運転免許証を身分証明として提示し、口座を開設したのですから、少なくとも有印私文書偽造、同行使の犯罪は成立しますし、通帳の騙取という詐欺罪にも問えると思われました。

 しばらくしてから、他署管内の銀行の支店から当該通帳を持ってきて預けた金を引き出そうとしている男がいると連絡を受けて、男の身柄を「有印私文書偽造、同行使」で緊急逮捕しました。なんで「通帳」の詐欺で身柄を取らないんだとお思いでしょうが、形式犯でも証拠が明白な犯罪で逮捕したのです。

 午後5時をまわったころに簡易裁判所に緊急逮捕状を請求に行ったところ、書記官から裁判官室に入るように促され、裁判官に口頭疎明をすることになりました。

 裁判官は、かなり高齢の方でしたが、「君は子供名義で口座を作ったことは無いのか。世の中には子供名義の口座を作る人間はたくさんいるが、その人たちをみんな逮捕するのか。」と言われました。

 裁判官は続けて、「犯罪として構成要件を満たしているが、可罰性があるのか。このような場合は許された危険になり、逮捕状は出さない。」と言われたのです。

 一緒に裁判所に来ていた同僚の刑事は横を向いてしまい、私が何とか逮捕状を出してもらおうと口頭疎明するのですが、何分、裁判官に比べたら法で対抗できるわけもなく、言葉でこそ聞いたことがある許された危険の解釈などを述べることも出来ず、そのうち数時間が経てしまうこととなりました。

 今でこそ、他人名義で口座を開設した場合については、詐欺罪を構成して、「ゆるされた危険」という法解釈をする者はいないのかもしれませんが、苦肉の策として、「送致する際に犯罪事実にキャッシュカードの詐欺未遂を加えます。」という私に裁判官も納得してもらって逮捕状を出してもらうことになりました。

 日もどっぷりと暮れ、裁判官の部屋を出たところ、書記官がすすっと寄ってきたので「ああ。暗くなるまで残業させてしまった。怒られるな。」と後ずさりをすると、書記官は私の手を握りながら、「良く頑張りましたね。あの裁判官は高裁の先生から赴任された方で、逮捕状を出さないと言われて出したことは一度もありません。良くがんばりました。」と言ってくれました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました