Eva(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)

卒業しました

思い

1 思い

 春は「春情月」とも言われます。「春情」とは「春の様子」や春の景色などを言いますが、季語としては「春におけるのどかな心待ち」を表します。ここでいう「心待ち」とは「採用、異動、退職」などの人事を待っている気持ちとなります。

 心待ちがのどかであるかは分かりません。まして異動に関しては、心待ちの気持ちと反して、単身赴任をしなければならない異動や意に沿わない異動もあると思いますが、「自分が期待されて指定されたのだ。」と考えて、自分から飛び込む気持ちで、自分に負けずに、自分から逃げずに、自分を諦めずに一所懸命に取り組んで欲しいと思います。

 私自身は退職となりますが、少し「ホッと」したような気持ちがします。ずっと組織の中に居ながら組織と戦ってきたように思うからなのかもしれません。組織に関してはもう大分前から見限っているというか整理がついていますが、組織にいる警察職員の皆様方をこれからも応援していきたいと思っています。

 私ごとではありますが、警察官を拝命して以来、警察庁出向を含めて、地域、警備、刑事、総務、警務、市警察部の勤務を経て、副署長から交通部理事官、生活経済課長から、大規模署長、首席監察官と警察の全部門で勤務することとなり、警視正署長から最後は生活安全部長となりました。

 自分の畑はどこなのかというと巡査部長から警視までの各階級で勤務した捜査第二課ということになるのでしょうが、再編された際の署の警務課長をはじめとして、市警察部発足時の企画課次席、再編された際の副署長などロジにおいてもいろいろと勤務したなと思います。

 警察官になった所期の目的である夜学に通っているにもかかわらず、本部機動隊に異動となり、理不尽な扱いもされて「辞めてやろう。」と思ったこともありました。私のことを是とする上司もいれば、お前だけは昇任させない吹聴する否な上司もたくさんいましたし、そのような人事異動も経験してきました。

 一方で、捜査に関して言えば、私が通ったあとは「ぺんぺん草も生えへんわ。」と揶揄する方もいれば、「検事に土下座させた。」とか「検事の机を蹴った。」などと評される方もいました。人間ですから悩みもありますし、事件指揮の最中には幾度も泣きたくなる朝を迎えました。

 しかしながら、捜査第二課や生活安全部においては、恥ずかしい称号で呼んでくれることもあって、今までしてきた捜査に対する気持ちや姿勢が少しでも受け継がれていると思うとうれしくなります。

2 それぞれの矜持

 警察の部門には警察職員それぞれの矜持があると思います。

 刑事警察は絶対に勝たなければなりません。殺人事件や魂の殺人と呼ばれる性犯罪が発生して、たとえ犯人が捕まる可能性が低くても、遺族や被害者に対して「必ず犯人は捕まえます。」と言い続けなくてはなりません。

 遺族や被害者から罵詈雑言を浴びようともそう言い続けて必ず犯人を捕まえなければならないのです。

 犯人を捕まえることによって亡くなった人が生き返るわけでもありません。性犯罪の被害者が被害に遭う前の自分に戻られるわけでもありません。遺族や被害者にとって、犯人が捕まることは、前に進む一つの「区切り」なのです。

 捕まえた以上、必ず有罪にしなければなりません。もちろん無実の人間を有罪にすることではありませんが、捜査を尽くせず無罪になることによって遺族や被害者は再び地獄を見ることになるのです。

 強行班をたとえとさせていただきましたが、刑事警察職員の矜持はそこにあるのだと思います。

 一方、生活安全部の警察職員の矜持は犯人を捕まえることだけではありません。事件をすることで終わりではありません。

 少年を逮捕したり、検挙することは目的ではなく、少年を取り巻く有害環境から早期に離脱させ、少年を健全育成することが目的なのです。

 経済事案でも、検挙することが目的ではなく、検挙することによって、主管行政庁に対策を実施させたり、法の改正を促したりすることが目的なのです。また特商法や出資法で犯人を検挙することは、特別法を生活安全警察が所管しているからというだけではなく、詐欺まで構成すると時間がかかることから、早期に犯人を検挙して、被害の拡散を防止し、被害者に被害金品を返還するためなのです。

 生活事案でも行政対応がまずければ検挙することによって、経済事案同様に一石を投じて、主管行政庁に法を整備させたり、考え方を改めることが必要となってくるのであり、環境事案にあっても同じことが言えるのです。

 不法投棄事案を検挙して、業者を罰したとしても、残されたゴミは片づけられません。検挙された業者に財力が無くて潰れてしまえば「ゴミなんか片づけられるかい。」とうぞぶくことになるのです。

 盛り土によって、土石流が発生して「結果が重大になる」事案が発生していますが、その発生を予防することが生活安全部の警察職員の矜持なのです。

 刑事警察にしても、生活安全警察にしても検挙や対策を講じることによって、達成感が得られて、いつかは「あのときはしんどくて辛かったけど良かったね。」といえることがあるのかもしれません。

3 心が折れる

 しかし、交通部理事官となったときには、交通警察職員に対して、如何に矜持を持ったら良いかという説明が出来ませんでした。当然ながら所属長級になってはじめての交通部勤務であり、幹部として垣間見て簡単に説明できるようなものでもありませんでした。

 ある日、交通実践塾を主催し、アンケートを採ったところ、「警察が嫌われるのは取締りを行うから・・・。取締りを行わないと死亡事故は減少しない。違反者にはボロクソ言われるとさすがに心が折れそうになります。このジレンマは無くならないのですか。」「なぜ交通警察官になりたくない人が多いのでしょうか。」という記載があり、やらなければならないことが分かっていながらも苦しむ気持ちに触れて正直泣きそうになりました。

 署長時代にも、憧れて交通警察官になったにもかかわらず、一年も経たずに辞職する警察官に接したとき、きっと警察官にならなければ浴びることの無い罵詈雑言を浴び、自分の仕事に達成感を得ることが出来なくなって、心が折れてしまったのだと思ったことがあります。

 交通指導係の仕事だけでなく、交通事故捜査係しかりで、攻めていく仕事でもなく、処理を遅らせれば溜まっていく仕事です。交通警察職員としての矜持を求めることがいかに難しい部門であるのかを思い知らされた経験でもあります。

 交通部理事官時代に全交通警察職員に送ったメモです。

 交通警察の目的は「死亡事故を無くすこと。」です。そのために交通事故に遭わない、起こさないという「安全教育」「施設管理」と併せて「取締り」を行うのです。自分に置き換えてください。ある日突然、警察や病院からの電話で配偶者や家族といった愛する人が亡くなったことを告げられる。さっきまで元気でいた愛する人に問いかけても返事はない。「あのときこうしていれば。」と自分を責める遺族がいる。買い物に出かけても、食事を用意しても、いつもより少ないことに愕然とする。そういう人たちを、そういう悲しみを作らないために「交通警察」があるのです。

 私にはこれくらいの答えしか出来ませんでした。偽善かもしれませんし、情に訴えたのかもしれません。本当い悲しむ人や悲しみを作らないための交通警察に矜持が持てるのか、今でも分かりません。

 一部の上司の方からは「刑事警察出身者らしい考え方だ。」と何とも言いようのない批評もうかがいました。もちろん私の考え方であって押し付けるつもりは毛頭ありません。

 警視庁の部内誌に載ったお話をメモで交通部の警察職員に紹介しました。

 自分の孫みたいな女性警察官に駐車違反の反則告知をされている男性が、女性警察官に対して「そんな太い足をして。嫁の貰い手など無いわ。」などと散々悪態をつくのですが、反則告知を終えてから女性警察官が「この足ですか。この足は両親からもらった大切な足です。でも生まれ変われたら神様にお願いしてもう少し細くしてもらいますね。」と微笑みながらはなしたそうです。その言葉を聞いた男性は恥じ入り、反則告知書をお守りとして持ち続けたそうです。誰もが分かっていることを分からせるということは本当に難しいものです。

 交通警察を離れてから、窓口業務で怒りがおさまらない女性職員が上司から「そういうときはこれ見てるねん。」とメモを渡されたとその女性職員自身からメールをもらったのですが、そのときほど「良かった。」と思ったことはありませんでした。

4 望むこと

 馬に乗れない騎馬隊長を兼務して地域課の次席もしていました。

 祭りの雑踏警備において「楽しく過ごしてほしい。」「事故無く無事に家に帰ってほしい。」そういう気持ちで雑踏に声をかけたところ、罵詈雑言で返され、次の日から出勤出来なくなった警察官も知っています。

 東日本で震災が発生したとき、数署の署長にお願いして、地域課の技能指導官を出すから、署のパトカー乗務員を東日本に派遣してほしいと通達を出させてもらいました。

 警務課の次席に異動してからは、警務部の全警部補に遺族対策班として東日本に行ってもらいました。

 どんな資料も、どんな考え方も経験に勝るものはありませんから、その経験を若い警察官に、将来、幹部になるであろう警察官にしてもらって、語り継いでもらおうと思ったからです。

 管内が荒れている警察署の管区機動隊員が東日本から帰任する際、輸送バスの中から、路傍で手を合わせている老婆を見たとき、彼らは「20年は警察官としてやっていける。」と思ったそうです。

 署の警務課長や署長で勤務していたときに会計課の落とし物担当の女性職員が涙を流す場面に何度か出会いました。拾った人がクレームを言うのであるなら窓口職員の対応が悪いのかもしれませんが、落とした人が「探せ。」と詰め寄っているのが現実です。

 私たちは警察職員になったのです。何になりたいとかどうしたいというものではありません。警察職員は警察職員でしかありません。

 出来ることを確実にしていきましょう。楽しい仕事ではないからこそ楽しく過ごせるようにしましょう。仕事が変わっても飛び込んでいく気持ちを持ってください。その先に達成感を得るものがあることを祈っています。

 「あのころが楽しかった。」「辛くてしんどかったけど良かったかな。」ということは今からでも言うことや思うことはできるでしょう。

 私自身は「また一緒に仕事がしたい。」ということは出来なくなりましたし、その気持ちに応えることも出来なくなりました。ごめんなさい。

 これからはこうして「署長犬さすけ日記」というブログを書いていこうと思います。そこで少しでも現場の警察職員を支えていけたらと思います。

 一緒に仕事をしていただいて本当にありがとうございました。

コメント

  1. 桐畑豊 より:

    ご卒業おめでとうございます。そして、ブログ開設おめでとうございます。
    本当にお一人だけでホームページ開設されましたね。有言実行で感動しました。仕事が変わっても飛び込んでいく気持ちを持つことの大切さが良くわかりました。もっと一緒に仕事がしたかったです。
    今後のブログ更新を楽しみにしております。

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