昔の人は御所から見て右手にあるのが「右京」、左手にあるのが「左京」としていました。つまり、洛中でない洛外の西が右京、洛外の東が左京としていたのです。
今では、「御所」も「御苑」も一緒のような表現をしていますが、正確には「御所」というと「京都御所」を指しますし、「京都御苑」の中には「京都御所」のほかに「大宮御所」と「仙洞御所」があります。
「京都御所」は「内裏(禁裏)」と呼ばれる歴代天皇が儀式や公務を執り行った場所で、平安遷都時の内裏は、現在地よりも1.7キロ西の千本通り沿いにあり、現在の「京都御所」は「里内裏」と呼ばれた「内裏」が火災などで焼失した場合に設ける臨時の「内裏」で、当時は「土御門東洞院殿」と呼ばれていました。
「大宮御所」は、現在は、上皇上皇后両陛下、天皇皇后両陛下、皇太子皇太子妃の行幸啓の際の宿泊や国賓の宿泊に使用されるもので、元々は東福門院(後水尾天皇の妻、徳川秀忠の娘)のために造営されたものです。
「仙洞御所」は、後水尾上皇の退位後のお住まいとして造営されたものですが、現在は庭園と茶室を残すのみとなっています。
「京都御所」には6ヵ所の門があり、穴門という屋根のない入り口が12ヵ所ありますが、鬼門にあたる北東角の築地塀はそこだけ凹んでおり、日吉山王社の神の使いである猿を祀るためで「猿ケ辻」と称されています。
因みに上皇、天皇陛下が外出されることを「行幸」、行幸先からお帰りになることを「還幸」、上皇上皇后両陛下、天皇皇后両陛下がご一緒に外出されることを「行幸啓」、行幸啓先からお帰りになることを「還幸啓」、上皇后陛下、皇后陛下、皇太后、皇太子、皇太子妃が外出されることを「行啓」、行啓先からお帰りになることを「環啓」、上記の皇族以外の方が外出されることを「お成り」、お帰りになることを「ご帰還」と言います。
京都府警察は、他府県警察と異なって、外出先の警衛は管轄の署長が指揮を行うことになっており、「統括官」という呼称で警衛にあたります。
有志以来、天皇陛下の遷都宣言に基づき、天皇陛下が御座し、政治を行う地として遷都が行われてきましたが、794年12月4日に桓武天皇によって、平安京への遷都が行われて以来、遷都の宣言は出ていないことや日本の都は現行法令でも定められていないことから、東京はいまだに天皇陛下が「行幸」されているということになり、皇居である江戸城は「行宮(あんぐう)(かりみや)」であると言われる京都の方もおられます。



コメント