Eva(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)

本当の強さとは

組織

 不適正事案や不祥事案を無くすためには、警察職員への教養や育成はもちろんのこと、人材の確保がもっとも欠かせないものだと思います。

 警察職員が罪を犯したのではなく、犯罪者が警察職員になるという構図では、不適正事案や不祥事案は無くせないと思います。

 人を育成するときや教養をするときには、相手方が知識や技術を習得するために何が必要なのか。「失敗は成功の母」という言葉があるように失敗を積み重ねることによって人は成長し、糧となるのだと思いますし、失敗を積み重ねることが人を成熟させていくのだと思いますし、そのように指導をしたり、助言していると思います。

 しかしながら、警察職員に「失敗」は許されないのです。外科医に手術の失敗が許されないように警察職員にも失敗は許されないのです。それを認識して、教養なり、指導を行う必要があるのです。

 警察職員に対する指導の過程において、良く見られるのが「我慢」を強いることです。「警察職員なんだから飲んで騒ぐな。」「警察職員だから言動に気を付けろ。」云々。

 警察職員は、職務を遂行するにあたって、一人で処理することは当たり前であって、その権限も有しています。対面して仕事をしていますから、クレームなどは日常茶飯事に存在します。

 亡くなった人を扱うのも警察職員であって、震災であろうが、交通事故であろうが、犯罪であろうが、病気であろうが、遺族の悲しみはみな同じです。その遺族の対応をするのも警察職員なのです。

 震災の遺族対応に従事した警察職員は、飲まないとやりきれないという状態になってしまい、飲んでしまうとついつい騒いでしまったようです。しかし、それを見た上司は一喝して、「遺族や家族が今の騒ぎを見たらどう思うのか。」と言って諭したそうです。これが警察職員の常識でしょう。

 果たしてこのままで良いのでしょうか。悲惨な現場や悲しみに直面したときに、人は放心し、泣き叫び、自分を責めるというのは心の動きとしては当たり前であり、警察職員とて人なのです。感情を抑えることによって、メンタルに不調を来すことも出てくるでしょう。

 指導する者や幹部には、我慢を強いることだけを求めるのではなく、そのストレスの発散や心の慟哭が出来る場所や機会を用意してもらいたいと思いますし、それが指導者の仕事でもあると思います。

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