卒業した中学校は大阪だったのですが、中学三年の春に強歩訓練だったか、遠足だったのかは忘れましたけど、男女ともに学校指定の運動着を着ていくということを先生から指示されました。
この指示を受けた女子生徒の「恥ずかしい。」という声で、教室中が騒然となり、「そんなんやったら行かんわ。」というブーイングの嵐となりましたが、先生は授業の一環でもあり、決定事項だと告げて教室をあとにしました。
今から40年以上前の話しですから、今どきの格好の良い運動着ではなくてダサいジャージでもあり、私としては「どうでも良いかな。」という感じで受け取っていたのですが、一部の生徒が授業に出ないとか言い出したので、ちょっといちびっていた私が代表して、担任に対して「私服で良いのではないか。」と申し入れをしました。
しかし、学校の決定事項だったので、全く聞く耳を持たないという態度で、クラスに帰ってから、みんなに報告すると「授業をボイコットする。」と言い出し、他のクラスにもボイコットが伝播していき、いよいよ授業をボイコットするという段になってから、授業中に私を含め数人が校長先生から呼び出されました。
いつの間にか、「授業をボイコットする。」ことの首謀者は「私」たち呼び出されたものということになっており、校長先生から「どうして授業をボイコットさせるのか。」と詰問され、「このことは内申書に記載する。」と言って脅されもしました。
私としては、授業をボイコットすることの首謀者としての認識もなく、自然発生的なもので、みんなが考えたことなので、返事に困り、黙っていると「たとえ内申書に記載されたとしても主張は曲げない。」と取られたのか、1時間ほどして、校長先生は「今回は私服とする。」ということで折れてきました。
クラスに帰った私たちは「英雄」みたいな扱いでしたが、別にそれは私が主張したことでもありませんし、校長先生にねじ込んだわけでもありませんので、面映ゆいというか、恥ずかしいだけでした。
中学3年でしたし、進学も考えなければならないのですが、私学にいける家庭でもなかったので、「どうやって高校に行こうか。」という漠然とした不安を感じていましたし、「これからどうなるんだろう。」という思いで、そのころの毎日を過ごしていました。
高校に進学するにあたり、金銭面に加えて、内申でも高校に行けないかも知れないと思っていました。当時の大阪府内では「地元集中運動」といって、地元の高校に進学するというルールがありましたので、進学相談時に様々な先生から「君は公立高校には行けないない。」とも言われました。
そうかといって、私立の高校に行くような家庭の余裕もありませんでしたので、「これからどうなるんだろう。」という思いに拍車がかかっていました。
最後の進学相談は、担任の先生だったのですが、「地元の公立高校一本で行く。」と言うと「お前はクラスを動かずだけの力を持っている人間だ。内申はどうであれ、がんばれ。」と言ってくれました。担任の勘違いであって、私にはそんな力は無いのですが、何とか頑張ろうという気持ちにはなりましrた。
幸い、公立高校に合格しましたが、漠然とした不安はいつもつきまとうようになり、自分ではどうにもならない何かの力で自分が押しつぶされているような、自分ではやってもいないことを自分のせいにされることもあるのだと気づきました。
警察官になってから、ある最高幹部に呼び出されて、私は正しいことを言っていると思っていたのですが、「正しいことだからこそ反発される。」ということを言って叱責されたのですが、何でこんなことを言われるのだろうと腹立たしく思ったことがありました。
人は正論や正しいことを言われるとその場で反駁することが出来ません。素直に受け入れてくれたら良いのですが、感情がそれを許さないのか、他のことで仕返しをしようと別のことにすり替えて攻撃しようとし、陰口や投書でするということにもなります。
とても卑劣な行為だと思いますが、人間は感情の動物ですから、取扱いの中で、そういう経験をされた方はたくさんいると思いますし、適正に職務執行をしていたとしてもそういう類はありますので、部下や同僚がそのような立場に立たされたときこそ、幹部や同僚は毅然とした態度で、相手方と接して欲しいと思います。



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