35歳のときに北部署の刑事課長として赴任した春は雪が降っていました。2年後の春に捜査第二課に異動したときも雪でした。当時の丹後地方は本当によく雪が降っていました。
秋には膝まであるカラフルな長靴を買って、冬は毎朝、通学路になっている本署前の雪を掻き、初冬に事務連絡に本署に来た駐在さんの私有車両は、昼間に積もった雪に埋もれ、翌年の春に雪が溶けるまで姿を現すことはありませんでした。
冬の検視は、出動服に膝まである長靴を履いて、その上にグランドコートを着て出かけるというのが定番になっていました。
赴任した当初、雪も溶け、地元の方が山菜を取りに山に入ったところ、しゃれこうべが出てきて、捜索の必要性もあり、地域警察官や刑事課員の十数名で山深い現場に入るとなるほど蕨などがたくさん生えていました。
山の法面を見てみますと、ちょうど小高い頂上に一見すると木ではないかと見間違えるような感じで、ご遺体がぶら下がっていました。おそらく、首を吊ってから誰にも発見されることなく、秋から冬、それから春を迎える前に、首から上だけが落ちてきたのだと思います。
ご遺体を山から降ろすことになるのですが、私自身が若造であったことや北部の刑事は新任の課長の力量を試したやろうという思いもあったのか、誰一人として山を登ろうという者はなく、私一人が獣道を登って、ロープを巻き付けたであろう場所などを写真撮影するとともにご遺体が吊るされていたロープを枝ごと切って、ご遺体を降ろし、背負って獣道を下り始めました。
その姿を見届けたのか、刑事課員に続いて、地域警察官が山を登ってきて、私が背負っていたご遺体をカバーに包み、四方から抱えて山を下りていきました。
ご遺体は海を見て首を吊っていました。通常、景勝地で自殺する人は、懐かしい景色を探して、見える方を向いて自殺すると言われています。最後の景色を記憶に止めておこうとするのかもしれません。このご遺体は、歯型の手配によって、中国地方の出身の方と判明したのですが、きっと育った場所と景色が似ていたのだと思います。
いろいろと経験させてもらった唯一の北部署勤務であり、刑事課長時代でした。



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