上司というのが正しいのか、ボスと表現するのが良いのかは分かりませんが、私が仕えた方の中で、リスペクト出来る刑事の方がおられました。
刑事の送別会に参加して、強行犯担当の方と話しているといつも鮮明にその記憶が蘇ってきます。
当時、署の知能犯担当係の主任として勤務していたのですが、刑事としての経験は数年しかないという状況でした。
ある日、管内で「殺人事件」が発生して、帳場の捜査員となり、「被害者班」として、同じ署の強行犯担当係員と組んで、被害者の生活実態を捜査していました。
当時の帳場は、捜査第一課の課長補佐が捜査指揮を執っていて、その下に「被害者班」をはじめとして、各班の班長を捜査第一課の係長が仕切っていました。
初めての殺しの帳場でしたが、課長補佐をはじめとして、班長たちが自信を持った捜査指揮を行っておられました。
私は、銀行捜査等の被害者身辺捜査をしていたのですが、特段、犯人につながるものは出てこず、毎日あげる捜査日報には資料は添付するものの、内容については簡記しただけであげていたところ、組んでいた強行犯担当係員や刑事課長からは「もう少し詳しく書くように」という苦言を呈されていました。
しかしながら、膨大な捜査を行うのですから、潰したことについて、詳細は報告をしていては核心に進めないのではないかという思いや班長や指揮官の手を煩わせるという思いもあって、私なりの日報をあげていたのですが、指揮官である課長補佐からは咎められたり、叱責されるということはありませんでした。
そのご、後の真打ちを務めることとなった捜査第一課の巡査部長と組んで第一発見者の行動確認を行ったりしたのですが、ひょんなことから被疑者が判明することとなったのです。
第一発見者を被疑者と見込んで捜査していたのですが、現場の箪笥にのこあれていた血掌紋から被疑者が判明したのです。
若干、殺しの捜査の話しかが外れますが、当時、組織においては「少年被疑者の指紋は極力採取しないように。」というような指導がなされており、特に絶対年齢と言われる14歳や15歳の犯罪少年の指紋は採取させないという風潮でもありました。
しかしながら、この被疑者の指掌紋は、微罪の犯罪であるにもかかわらず、他府県警察が、少年被疑者の指掌紋を採取していたことから、当時、20歳の被疑者が判明したもので、もし、採取されていなかったら被疑者にたどり着くことは無理だったかもしれません。
このことを教訓として、刑事課長をしていたときには、少年事件であっても100%の被疑者指紋を採取していました。もちろん、被疑少年の親権者に説明をして納得してもらって採取していたものですが、少年課は、生活安全課長に対して「どういうことや。」と反対に厳しく指導されたみたいで、まだまだ指掌紋採取の重要性が浸透していない時代でもありました。



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