Eva(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)

組織

感謝される

 全国的な部内誌に元総合職の方が投稿しているものの中に「もっと(警察官は)感謝されると思っていた。」と言って職を去った警察官を題材として、滔々と「警察官は感謝されることを求めてはいけない。」という感想を記載していました。

 読後、「分かっていないな。」という思いしかありませんでした。おそらく全国の警察職員に聞いて回っても「感謝されたいから警察職員になった。」という者はひとりもいないでしょう。

 職を去った彼は「心が折れてしまったのだ。」と思います。感謝されたいというのではなく、日常的に現場で罵詈雑言を浴びて「なぜ自分は警察官をしているのだろう。」「警察官でなければこれだけ言われることは無かった。」と思ったのでしょう。そのことをうまく表現出来なかったからこそ「もっと感謝されると思っていた。」という言葉になったのだと思います。

 先日も触れさせてもらいましたが、荒れている署の管区機動隊員が応援派遣された東日本大震災の被災地から帰任するバスの中で、自分たちに向けて路傍で手を合わせている老婆を見たとき「これから20年は警察官をやっていける。」と思った気持ちが元総合職の人にはわからなかったのでしょう。

絆の醸成

 組織は「絆の醸成」ということを命題みたいな感じで言っていますが「絆」は容易く醸成など出来ませんし、お題目のように唱えても絆には成りえません。

 東日本大震災において、福島の原発が爆発するかもしれないという危機にあって、それを回避するために原発を冷却する必要があったのですが、最初に水を掛けに行った部隊は、消防でも自衛隊でもなく、警視庁の機動隊です。

 警察という組織は「記録をする」という意識が欠落した組織であり、記録をしようとしている警察職員がいれば「お前も水かけに行け。」と実行部隊化を命じる組織ですので、当時の資料や映像は残っていません。

 しかしながら、某新聞によれば、「死ぬかもしれない。」「放射能を浴びて命が縮まるかもしれない。」現場になぜ行けたのかと機動隊員にアンケートを複数回答で採ったところ、その約9割は「連帯感」という答えだったそうです。

 そこには「誇りや使命感」や「国家と社会に奉仕する」という信条みたいなものではなく、純粋に「仲間が行くから自分も行く。」という信頼の上に成り立った「絆」であったのだろうと思います。

キビタキのさえずり

 署長時代に福島県警に出向していた若手警察官が帰任した際に、彼が勤務していた署長に宛てた礼状です。

 謹啓

 突然で失礼とは存じますが、日夜、復興のためにご精励され、キビタキのさえずりさえも愛おしく感じれる毎日をお過ごしのことと思います。

 このたび、〇〇警察からお世話になっていました「〇〇 〇〇」が、本日、無事、〇〇警察署に着任しました。精悍な面立ちと筋骨隆々な姿に接し、一段と頼もしくなって帰任してきたものと大変嬉しく感じるとともに、福島県〇〇警察署長様をはじめとして、署員はもとより、福島県警察官全ての親身のご指導と温もりの賜物と感謝しております。

 私ごとではありますが、既に福島県警察を退職され、東北大震災の折、機動隊長であった〇〇氏とは中野の警察学校で同室でありました。また、当時、警務課次席の立場で、幹部候補生である総務課、警務課の係長には二度、遺族対策班で、福島県に出動させるとともに、警務部長及び警務部参事官も福島に出張していただきました。

 福島の原発事故で、消防や自衛隊に先駆け、冷却に当たった警視庁機動隊員に対する「なぜ死ぬかもしれない現場に行けたのか。」というアンケートの答えでは、複数回答ではあったものの「誇りと使命感」よりも「連帯感」という答えが約9割であったという記事に触れて「絆」というのはまさしく現場で育まれていくものだと痛感した次第でもあります。

 〇〇警察署では、5年後、10年後になっても「あのときはつらかったな。しんどかったな。」「でも楽しかったな。」「また一緒に仕事がしたいな。」という職場を構築しておりますので、「〇〇 〇〇」にあっても、いつまでもそのような気持ちで仕事が出来るように見守っていきたいと思っております。

 署長様をはじめとしまして、署員の方々や福島県全ての方々のお幸せをお祈りしますとともにくれぐれもご自愛くださり、福島の未来に光を与えてくださいますようお願いいたします。乱筆乱文をお許し下さい。                             

敬白

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