Eva(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)

どうでも良いけど

指揮

 退職する数年前の署長時代に読んだ警察雑誌に、赴任地である都道府県警察から警察庁に戻った幹部が、都道府県警察に居たときに「もう少し感謝される仕事だと思っていました。」と言って、警察官が辞めていったことに触れて、「警察の仕事は感謝されるためにあるのではない。崇高な使命があるのだ。」というような文を寄稿していました。

 「まだこんな幹部がいるんだ。」「所詮この程度の組織なんだな。」という一種の諦めというか情けない気持ちになりました。

 このような幹部のもとでは、きっと警察職員も一緒に勤務はしたくはないだろうと思ったのが正直な感想でもありました。辞めた警察職員は、「感謝されたくて警察職員になった」わけではないと思います。そのような警察職員は一人としていないと思います。

 では、なぜそのようなことを言ったのでしょうか。それを考えない幹部はきっと「もう少し感謝される仕事だと思っていました。」としか言えなくて辞めてく警察職員が増えていくと思います。

 私なりに思えることは、きっと組織に対する愚痴だったのだと思います。頑張って仕事をしているのだけど警察活動の目的が分からない、達成感を得ることが出来ない、という組織や組織を形成する者たちにたいする諦めだったのだろうと覆います。頑張っている警察職員をはじめとして、声を掛けてあげることが出来る組織でなければならないと思いますし、せめて組織が褒めてあげるべきだと思いますし、そうでなければ表彰制度などは形骸化するだけです。

 本当に「士気高揚」ということを考えているのでしょうか。すべてがすべて、個々の警察職員が醸成していくものなのでしょうか。罵詈雑言や危険の中に身を委ねている警察職員に対して、「崇高な使命があるんだ。」と言って死に行くことを肯定するのでしょうか。

 東日本大震災の際、福島の原発を冷却する必要があり、本来の業務である消防や装備がある自衛隊が行くよりもいち早く、原発に水をかけに行った部隊は「警視庁機動隊」です。

 死ぬかも知れない、病気になるかも知れない、そのような現場に、ひとりとして逃げることなく警察活動を行ったのは「連帯感」であり、その「連帯感」を与えることが出来る指揮官が居たからです。

 日常の警察活動で石礫を浴びる警察署の管区機動隊員が東日本大震災の復興に派遣され、帰途につく際、路傍の老女が両手を合わせて見送る姿に接して「あと20年は警察で頑張れる。」と思ったのは、「感謝されたい。」という気持ちからではありません。

 それぞれの部署で踏ん張り、しんどくても辛くて、頑張って仕事が出来るのは、仕事に目的を持って、達成感を得ることが出来るからです。幹部であった私は、達成感を得ることが出来るように仕事の指揮をして、踏ん張っている警察職員に感謝していましたし、いつも「ありがとう。」と伝えることを忘れないようにしていました。

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