耳順の年となって、今年は3回目の夏を迎えます。
誕生日が終戦記念日のせいか、ケーキでお祝いしてもらった幼いころの記憶はなく、仏壇とまくわ瓜くらいの記憶しかありません。
30歳になったときには、少しショックで「うわ。もう30歳になってしまった。」という恐ろしく嫌な気持ちだったことを覚えています。
40歳や50歳になったときには、仕事のことや子供のことで頭の中がいっぱいで、感慨があるかというと特段何も感じてはいなかったと思います。
「吾十有五にして学を志し(志学)、三十にして立ち(而立)、四十にして惑わず(不惑)、五十にいして天命を知る(知命)、六十にして耳順(したが)い(耳順)、七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず(従心)」
「私は十五歳で学問を志し、三十歳で自分の足でしっかりと立ち、独立独歩で学問の道を進む自信を持ち、四十歳にして、どんな問題が起きても心に迷いが生じなくなり、五十歳で自分の使命が学問であることを知った。六十歳で他人の言葉が素直に耳に入るようになり、七十歳でしたい放題しても脱線することはなくなった。」
論語の一節ですが、孔子のように、学問を志したこともなく、自分に自信を持つこともなく、いつもおろおろしていたような感じがしますし、40代のときには、もちろん、「不惑」から遠く離れていました。
「不惑」というのは、本来は「小さな枠にとらわれるのではなく自由でいること」みたいですが、それならば実践してきたような気がします。
「知命」については、自分の使命とは何だったのかということですが、分かることはなく、これからもきっと分からないと思います。
私なりの覚悟というか、思いについては、しんどくても辛い仕事をしているわけですから、おもしろおかしくでは無いのですが、「楽しかったな。」「また、一緒に仕事をしたいな。」という職場であって欲しいと思いますし、そのような職場にしたいといつも思っていました。
「耳順」の年になってしまいましたが、このように何かしら文句を言っていると思いますので、「耳順」も理解できないと思っています。



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