Eva(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)

自分を信じる

指導

自信を持つ

 東京工業大学名誉教授である永井陽之助氏の著書に引用されているアメリカの社会哲学者であるエリック・ホッファーは「真の自信が無く、外部からのショックに過敏に反応して、男らしさを誇示しようとする指導者ほど致命的な失敗を犯す。」と言っています。

 パワハラにも通じる言葉ですが、自分に自信や経験が無いために暴言や暴力で、部下や他人を従えようとするとそれはパワハラそのものであり、一時的に従えたとしても必ず離れていくものです。

 「自信を持つ」ということは大変なことだと思いますし、それは大切なことだとも思います。経験に裏打ちされて、自分の言葉に咀嚼して話したり、行動出来ることは「自信」を持っていないと出来ないということですし、その「自信」に対して、責任をとれる覚悟もあるということになります。

 「取り合えず聞いてたらええねん。」「行って来たらええんや。」「俺の言う通りやったらええんや。」「みんなそうやってきたんや。」というのは経験に裏打ちされた「自信」によって出されたものではありません。

 「自分に自信が無い」から、「状況を把握させよう。」「あとで指示したら良いわ。」「なんでそうやってきたかわからへん。」からそのような指示となるのです。

 「自信を持つ」というのは、経験や根拠に裏打ちされた自信であって、決してひけらかすことではありませんが、その自信となった経験や根拠を説明することで、相手は自分の不安を打ち消すことにつながります。

 警察職員が、職務執行において、不安な気持ちをのぞかせたり、不安な顔をするとその思いは頼ってきた相手に必ず伝播します。感じ取られてしまうのです。取調べにおいても「家族と離散するかもしれない。」「生きていくことが出来ない。」「マスメディアに流されてしまう。」などと思っている被疑者と対峙出来ることなど到底出来ません。

 自信をもって職務執行するためには、経験は必要であり、職務で失敗をしてしまうと落ち込むこともあるでしょうし、自信など出来るはずもないと思います。しかしはじめから先輩や上司のように仕事が出来るわけではありませんし、知識があるわけでもありません。経験などはなおさら追いつくことはないでしょう。

 だからこそ、上司や幹部をはじめとして、周りが支えてあげなければ仕事を遂行することなどできません。「がんばれ」と声を掛けることは容易いことだと思いますが、容易いことだけを行うのではなく、支えたり、気遣ってあげてほしいと思います。誰もが「自信」を持った職務執行が出来るように手助けをして欲しいのです。

無関心

 「無関心」とは「そのことに関心・興味が乏しく、気にかけないことを」を言いますが、「無関心」は防衛本能である場合もあります。「無関心」な状態に置かれたものは、「自分で何とかしなければならない。」「聞いても同じだ。」と考えるようになり、分からないまま、あるいは闇雲にことを進めると大抵は「不適正事案」や「不祥事案」を惹起してしまいます。

 「無関心」な状態に置かれた者が、考えるもうひとつが「無かったことにする。」というものです。つまり、誰も手を貸してくれない、手伝ってくれない、聞こうと思うが聞けないなどという状態になったときに「隠したり」「捨てたり」することになってしまいます。

 「ちょっと声を掛けてくれたらよかったじゃないか。」「苦しかったり、しんどかったらそう言ってくれよ。」というのは結果の発生、つまりそういう状態に陥っていることを気遣ったり、慮ったりすることが無かった自分を肯定しているだけです。

 似たような言い訳に「聞いていない。」「知らなかった。」というものがあります。「聞いていない。」のではなくて「聞こうとしなかった。」だけです。「知らなかった。」のではなく「知ろうとしなかった。」だけです。

 上司や幹部から発せられる「下手を売らされた。」という言葉が嫌いです。聞きたくもありません。「下手を売らされた。」のではなく、部下が孤独になっていることを知ろうとしなかっただけであり、無関心であったために部下に「下手を売らせた。」のであって、そんな自分を恥ずかしいと思うべきです。

 たとえ、報告や相談があっても、自分のするべきことをしたとしても、結果として、報告や相談してきた者に自分で判断させたり、行動を起こさせた結果、不適正事案や不祥事案を発生させれば、無関心というだけではすみません。

 部下や同僚に対して、「無関心」であったり、「孤立化」させない組織であってほしいと思いますし、導ける的確な助言や指導が出来る上司や幹部であってほしいと思います。

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