そもそも警察官を拝命したのは、「働きながら大学に行く」ためであり、希望や夢を膨らませたり、正義感に押されながら警察官になったわけではありません。
ましてや、警察官採用時の面接官は、「大丈夫。絶対に通える。大学に通う者に対して便宜を図っている。」という明確な答えをもらったため、三顧の礼で迎えようとしてくれていた防衛施設庁の職員等の合格通知を廃棄して、京都へ出てくることとなったのですが、これが真っ赤な嘘であったことを後で知ることになります。
もうお判りでしょうが、当然の如く、初任科やその後の教育課程によって、大学に通うことはままならず、大学入学後も、警備部機動隊に配置され、新隊員訓練という、また教育課程によって、大学に通うことなど不可能でした。
何とか交番勤務に異動させてもらってからも、三交代勤務ですから、月曜日が当番であれば、木曜日も当番となりますので、大学に通うのは火曜日と水曜日、土曜日となります。
これまた当然なのですが、夜間の取締りや雑踏警備という仕事が入ってくると、これまた大学には行けないということになります。
機動隊配置で通えなかった1年あまりを含めて、警察官をしながら、何とか4年(実質3年)で、眠たいとか苦しいとか辛いとか思う暇もなく、何とか卒業まで、あと8単位(出席日数が足りないので試験に補う。)というところで、またもや試練というか、難関が待ち受けていました。
大学4年生のときに、巡査部長試験に受かり、管区警察学校には年を明けた冬に初級幹部一般課程(当時は、専科と一般と分かれていた。今の巡査部長任用科)入校することとなったのですが、最後の大学の試験を受けなければ、卒業を満たす8単位が取れず、留年すること(お金がかかる。)なりますので、管区警察学校の教官に大学の後期試験を受けるため、特別外出を申し入れたところ、「そんなことは聞いていない。聞いたこともない。」という返事でした。
管区警察学校がある堺市から京都市北区まで帰って来て、試験を受けた後に、また、門限がある管区警察学校に帰って来なければならないわけですから、難色を示す管区警察学校の教官も仕方がないのかなと思ったのですが、入校を命じた組織も組織だと思いつつ、何度かの申し出によって、特別外出の許可を出してもらって、何とか大学の後期試験を受けることが出来ました。
当然なのですが、初級幹部課程の勉強もしなければならず、出席日数が足りない大学の試験教科も勉強しなければならないという状態であり、大変なのは大変だったのですが、今となっては、初級幹部課程の授業も、大学の試験の内容など全く覚えていません。
その春、無事に卒業証書をもらって、巡査部長に任官させてもらいまいした。



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