別に辞職を願い出たわけでもないのに、辞職を承認されて、東京に島流しにされたことがあります。
私は、巡査部長から警視までの全ての階級で、捜査第二課で勤務し、10年以上は在籍していました。
警部時代には、「仕事をしないと東京へ島流しにする。」という霞ヶ関出身の捜査第二課長に恫喝されながら仕事をしていました(部下に言わせるとどっちもどっちと言われかねない。)が、恫喝も及ばない警視になってから東京に島流しとなってしまいました。
島流し先は、警察庁刑事局組織犯罪対策部企画分析課(今の組織犯罪企画課)というところでした。
当時の上司であった刑事部長は、企画分析課ではなく、捜査第二課に行かせたかったみたいですが、島流しに遭うまでに、警察庁の捜査第二課長と喧々諤々と仕事をしてきたので、「きっと、捜査第二課に言ったら課長と喧嘩になる。」と忖度された結果が、企画分析課への島流しとなったのです。
仕事の内容は、企画兼争訟担当で、企画に関してももうひとりのキャリアの課長補佐が居ましたので、しらんぷりをして、島流しにあってもくじけずに仕事をしていました。
争訟の仕事というのは、訴訟や訟務担当とは若干異なって、組織犯罪に係る損害賠償請求事件の支援や都道府県公安委員会が発出した暴力団対策法の行政命令に対する審査請求などに関し、弁明書の作成要領や裁定の指導などをしていました。
同時に、都道府県警察にいる情報統括官の指定職専科の授業も持っており、争訟に対応できるよう教鞭をとっていたのですが、生徒が、私よりも先輩であり、所属長クラスの人ばかりなので、遠慮しながら、10日間くらい授業をしていました。
指定職専科というのは、将来その職に就けるための専科で、その専科を出た場合は、優先的にその職に就け、またはその職についていたならば学ばなければならない専科となります。
捜査第二課で言えば、贈収賄事件を捜査する特捜班長専科や、学校の教官になる場合に行く教官専科などがあります。



コメント