「知らない」「分からない」だから憶測で記事を書いたり、流すことになっても仕方がない、少し違うかも知れないから「疑問符」でも付けていれば大丈夫だろうという感じで記事にするのであれば、それを書かれた者はどうやって対抗したら良いのでしょうか。
ましてや、そこに主義主張が入ってくると悪意や憎悪となって記事が拡散されてしまいますし、デジタル社会で、その記事が削除されることは永遠に無いという事態になってしまいます。
自分がいる組織ですら、抗議や申し入れをしてくれない、そのような組織に信頼を寄せることが可能でしょうか。親であるならば、悪いことは悪いと叱りもするでしょうが、言われなきことで、子供が攻撃されているのならば、全力で子供を擁護するでしょうし、対抗手段を講じると思いますし、私が親であればそうします。
私が署長時代には、取扱いに関して、全国放送のトップで、嘘のニュースを流されたことがあり、真実を知っている担当の記者に抗議をすると「私たち現場には全く知らされておらず、東京が勝手に流した。」と逃げていました。
首席監察官時代には、事件主管課において、署の幹部警察官を逮捕したことに関して、その警察官の拝命年月日を監察官室が公表しないことをとらえて、記者クラブとして抗議文を出そうとしました。
もちろん受けとることはありませんでしたが、記者クラブに属する新聞が「隣接の警察は公表しているのに、京都府警はしない。」と悪意ある記事にしました。
警察の監察というのは、警察の警察というように思われていますが、現実には、監察官室勤務の警察官は、全て行政職員であり、司法警察職員ではありませんので、「捜査」は出来ません。
また、懲戒処分という行政処分を行う部署ですから、処分する職員を特定するような公表はしません。そのような公表をするならば、懲戒手続きに瑕疵があることになりますので、懲戒処分が取り消されることになりかねません。
隣接の警察官の場合は、大規模署の巡査であったことから、拝命年月日を公表しても、本人を特定することにはつながらないでしょうが、京都の警察官は幹部警察官であり、部署も特定されていますので、懲戒処分を受ける警察官が特定されることとなるために公表はしなかったのです。
行政処分手続きを知らない、知ろうとはしないマスメディアが自己を満足させるために、本質を捻じ曲げ記事にするということがまかり通っているのです。



コメント