現職時代に、女性トイレ内で盗撮されたという申告に基づき、現場に赴いた警察官が、隣のトイレから女性が出てきたので、協力を求めて、携帯電話等を確認したものの盗撮と思われる画像等は無く、被害女性に説明のうえ、放還したという事案がありました。
女性が女性を盗撮しないという考えは間違いであって、現に、署長時代にホテルの女性用浴場において、一緒に宿泊した男性から命じられて、女性が女性の裸を盗撮したという事案を検挙したこともありました。
「常識」というのか、「思い込み」というのとか、人生経験で培われたものが、実は「非常識」であるということはたくさんありますし、錯誤に陥れるつもりは無いのに自分の言動で、相手に「嘘」を話させてしまうこともあります。
前にも記載したことですが、聞込み捜査を行うに際し、「変な人をみかけませんでしたか。」とか「不審な人が通りませんでしたか。」という質問の仕方をすると、相手方の知人や家族は、「変な人」や「不審な人」ではありませんので、知人や家族が居たり、通ったとしても、「見ませんでした。」「誰も通っていません。」ということになります。
あとから知人や家族が通ったという事実が判明しても、相手方が嘘をついた、かばったんだということではなく、「聞き方」を間違ったために、そのような答えをしただけなのです。
聞込み捜査を例にあげましたが、指示をする幹部は指示を落とさない聞き方を指示する必要があり、「通った、あるいは居た人間を全て把握しろ。」「それは警察官であろうと誰であろうと通った、あるいは居た人間を全て聞いてきてくれ。」と指示しなければならないのです。
話しは変わりますが、マスコミというかマスコミで報道される裁判の記事についても、「おい、おい、本当かよ。」と絶句さられるものがあります。
裁判官が、「社会的制裁を受けており」ということを情状にして、刑を言い渡していることが報道で散見されますが、いつから日本では私的制裁を認めるようになったのでしょうか。社会的制裁をしたのは誰でしょうか。裁判所以外に処分する社会が是認されているのです。通常は、それを「私刑(りんち)」と呼びます。
そのような風潮があるから、社会的制裁をしている者たちが使命だと勘違いするのであって、間違ったことをしても、間違いだと分かっていても、他者に責任転嫁をしているのが、今の「常識」でもあります。
今日、SNSでも私人逮捕や社会的制裁をしているものが多くみられるようになりましたが、社会的制裁が許されるのなら、社会的制裁を間違ったものには、より社会的制裁が下されるべきだと思います。



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