人を指導したり、指示を出したりということは一見、簡単に思いがちですが、実は非常に難しいものだと思います。
一所懸命に指導をしており、指導を受けている者も「自分のために一所懸命に指導してくれている。」ということが分かっており、厳しく指導されることも「自分が鈍くて理解が悪い。」と分かっていても、それがいつしか「いつも見られている。」「いつも叱られる。」という感情がわいてくると部屋に入られない、出勤できないということにつながった警察職員を見てきています。
捜査第二課の課長補佐時代に事件指揮をしていたときの話です。
そのときは、全捜査員の前で、贈収賄事件の捜索の指揮を各班毎に説明していたのですが、体制表などを見るまでもなく、捜索の目的や捜索の各班長の指定、役割、車の指定などを個々説明していました。
指示の解散後、鑑識課から応援に来ていた班員から「体制表も見ずに指示する班長は初めて見た。」と捜索の指揮に対する思いを聞かされました。
しかしながら、その指示を見ていた上司からは、「おまえは良く分かっているだろうがけど、分かっているからこそ同じことを3回繰り返せ。」と言われました。上司が言うには「指示を受けている者が100人いれば、90人は忘れてしまう。残りの10人も指示を受けた部屋を出ると忘れてしまうだろう。」ということだったのです。
応援の鑑識課の班員も「体制表を見ないで指示している。」というはじめて見る光景は覚えているのであろうが、肝心の指示は徹底されていたかというと上司の指摘とおりだったのではないかと思いました。
その上司の言葉は今でも覚えていますので、それからは、捜査指揮などを含めて指示する際は、しつこいほど繰り返し繰り返し指示するようにしていました。
もうひとつ、上司から言われて肝に銘じている言葉がありますが、それは「正しいことこそ横に逸れる。」という言葉です。
正しい指示や正しい言葉だからこそ、言われた者や聞いている者は反発や反駁は出来ませんし、言い訳の言葉すら発することが出来ないと思います。しかしながら、やり込められた相手方には「感情」がありますから、指示や指導をした者に対して、「生意気や」とか「知ったかぶりして」などという悪意の感情を抱いて、ときにはそれが流布されることとなります。
特に指導した者や指示した者が、自分より年下であったり、過去に悪い感情を持っていたものであったりすると警察組織がよく行う「投げ」「密告」という行為にもつながります。
「知っていること」を教えることや「正しいこと」を指示するということは、本当に、そして非常に難しいことでもあります。



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