自分では「これくらいの能力がある。」「これだけの仕事をしてきた。」という思いがあるのかもしれませんが、一方、第三者は「これくらいの能力なら誰にでもある。」「これだけの仕事なら難なくやれるだろう。」と判断して、この評価の差が「不公平」や「差別」と感じたり、思ったりするのかもしれません。
「自分」の思い込みが強い場合もありますが、評価や判断をする「第三者」にも問題があるのかもしれません。「第三者」が「自分」に対して「あいつは生意気や。」とか「あいつは嫌いだ。」という感情が働いている場合もあります。
一番怖い思い込みは「第三者」が「自分も出来たからお前も出来る。」というものです。当然、ある一定以上の条件をクリアして警察職員になっているわけですから、その基準点を問題にしているわけではありません。
捜査においても情報を取るのが上手な捜査員が居れば、取調べが出来ても調書が書けない捜査員がいます。非常に優秀な捜査員がいましたが、これからやらなければならないことが分かっていますし、自分が何から何までやらなければならないと思って、パニックになった者も知っています。
捜査員の能力を見極めて、適材適所に配置するのは指揮官の務めであり、幹部の責務です。ただ「やれ」と命じるだけなら誰でも出来ますし、捜査員を潰すことにもなりかねません。人は間違いを犯すこともあれば、失敗することもあります。意図することを理解しない捜査員がいるのも間違いありません。
捜査第二課で補佐として勤務していたときに上司から言われたことがあります。
「お前は分かっているかもしれないが、お前の言うことを分かっているのは、10人いれば2人しかいない。その2人も指示した部屋から出ていけば忘れる。」「だから同じことを3回繰り返して話してやれ。」
それからは指示する際には、書類などを見て話すのではなく、自分の言葉で、かつ最低3回は繰り返して指示を行うようにしました。



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