「昨日は年休を取り、お休みさせて頂きました関係で、つぶやきメールもお休みとなり、事前に告知せず、申し訳ありませんでした。
ということで、本日は午前4時に起きて、日常の家事をこなしてから、使役要員の搬送役として、視閲式に行って参りました。早起きしたせいか、いつもマスクで顔を隠している方のご尊顔を拝することも出来ましたので、役得だったかなぁと思っています。
京都府警察の視閲式が現在の岡崎の道路を使ってするようになったのは、私が総務に勤務してからで、それまでは警察学校のグランドで行っていました。視閲式には「車両視閲」や「車両行進」が必要ですから、グランドに車両を持ち込める広い敷地が必要となります。
かつての視閲式は、岡崎グランドで行っていました。地下に駐車場が出来るまでは車両も持ち込めたのですが、今では整備されてしまい車両をグランドに入れることは不可能となり、その後、宝ヶ池の国際会議場なんかでも行いましたが、ここも費用が相当かかることから3年ほどで場所を変えざるしかなくなりました。
その後は警察学校のグランドで行うようになりました。しかしながら、警察学校のグランドでは「一般客」に見せるということがほとんど不可能であり、警察の自己満足の世界でした。そこで車両を持ち込める公園を京都市近辺で探そうとしたのです。
京都市近辺で車両をグランドに持ち込めるのは太陽が丘公園だけでした。太陽が丘公園は宇治市にありますから、警察幹部を宇治に集合させるのには時間がかかり、かつ非常時には指揮官不在となりますので無理でした。
これはもう仕方がないなということで、また警察学校で来年も行うしかないと本部長に決裁に行きますと「消防の出初式を岡崎でやれるのに警察がやれないというのは逆差別ではないか。」という本部長の一言で岡崎の道路で行うこととなったのです。
時は既に、夏になっており、周りの施設に許可をもらって視閲式の日にちを決める必要があり、京都会館、美術館、平安神宮、動物園などを急いで回りました。
また、個人タクシーや会社タクシー、市バスなどにも手を内、さらには部隊の編成やらなんやらかんやらいっぱいやりました。当時の総務の企画は私と係長の2人だけでしたのでまさしく八面六臂でした。
管轄の署が道路使用をするのにあまりいい顔はせず、まさしく三顧の礼を繰り返しました。分列行進の「扶桑歌」についてもこのとき採用したもので、音楽隊には首をかしげられましたが、今では定番となっています。
「扶桑歌」は、帝国陸軍や陸上自衛隊の分列行進に使われており、警察でも一部使われていました。ただこの扶桑歌には「抜刀隊」という曲がアレンジされています。
ま、そんなかんやで懐かしく視閲式をうろうろしながら見ていました。ずっと刑事をしてきて初めての企画、それも総務、そして視閲式と・・・。
刑事としてもしんどいことや苦しいことなんて多々ありました。総務に行ったときはなんのこっちゃ、まったく分からん状態で、頼る人も無し。上司に文句を言えば「おまえだけは絶対に警視にしない。」とあることないことあちこちで吹き込まれと・・・。
それでも声を掛けてくれる全く別の科の上司がいたりして励まされて仕事をしてきました。
将来や未来に向かってがんばれる自分は、過去にがんばれた自分だと思います。仕事は楽しくて、将来苦しいことやしんどいことがあっても「あれだけがんばれたんだもん。」「あのときはしんどかったなぁ。」なんて思って乗り切ってください。
遅くなって反省している次席より。」



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