もうすぐ、前祭りの山鉾巡行の日となります。
祇園祭で山鉾が巡行するのは、神幸祭において、悪鬼などを鉾で押しやり、花傘で包み込むために行われます。
後祭りについても、還幸祭において、同じ役割を果たすためのものでもあります。
昭和40年代に「観光客」を集める目的で、その役割を逸脱させて、山鉾巡行は神幸祭の7月17日だけとなったのですが、十年前ほど前には、また、「観光客」を集める目的で、後祭りにおける山鉾巡行をすることとなりました。
コロナウィルスの蔓延によって、山鉾巡行が中止されましたが、政治の都合によっても、山鉾巡行は左右されてきたのです。
地震や津波、あるいは豪雨と言った天災や川の決壊や土砂崩れみたいな人災に近いものもあります。
家族や大切な人が病気になったり、元気がなくなったり、人の「悩み」が災いとなることもあって、生きている以上、いろいろな悩みがあったり、災いが降りかかってくるのだと思います。
私自身も、尼子氏再興を誓った「山中鹿之助」ではありませんので、忠誠心で乗り越えることも出来ず、艱難辛苦を与えて欲しいと思ったことは一度たりともありません。
ただ、何かあっても「何とかしてやる。」という人士絵を生きていきたいと思いますし、頼って来た人にはそう言い切れる自分でありたいと思っています。
決して、比較しているわけでは無いのですが、辛い目にあっても、もっと苦労している人や悲しんでいる人がいると思いますし、本当は「何で自分だけが。」と「どうしてこんなことが。」と考えたほうが気持ちはずっと楽なのかもしれません。
いずれ床上浸水の水害に遭った話しはしますが、そのときも、泥水に塗れようとも、復旧するのに借金をしようと「生きていれば何とかなる。」「働いてさえいれば返していける。」と考えて何とか生き抜いても来ました。



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