人生には、いろいろなことが起こって、仕事であれ、私生活であれ、「しんどいな。」とか「疲れたな。」と思うことがたくさんあるでしょう。
未成年のころには、「どうしようもない。」という自分で切り拓こうにも切り拓けないこともありました。
親の都合で、大阪の公立高校から、長崎の公立高校の編入試験を受けたときも、私立に通える経済状態でもなく、「これからどうしようか。」「落ちたらどこで働こうか。」と考えながら、編入試験場である高校の裏山で、一人弁当を食べながら思いました。
通った高校が進学校でもあったことから、当然、大学受験をするわけですが、奨学金という借金を背負って、大学に行くわけにもいかず、絞って受験をして、失敗してしまい、浪人することになりました。
これまた、当然の結果でもあるのですが、学力が、現役よりも下がってくることは目に見えており、「これからどうしようか。」という気持ちに毎日なっていました。
アルバイトをするために中型二輪を取得していたので、弁当を持って、しばしばオートバイに乗って、長崎空港に出かけました。
長崎空港は、大村湾にあることから大村空港ともいうのですが、関西空港と同じ海上にある空港で、飛行機が着陸する際には、芝生でコントラストされた「NAGASAKI」という文字が見えます。
空港の周りにあるテトラポットの上で、寝転びながら、波を見たり、船を見たり、空を見たり、お腹がすくとお弁当を食べて、昼寝をしたりしていました。
そんな風景を見ながら、「これからどうしよう。」とか、「これからどうなるんだろう。」という気持ちでしたが、段々と「何とかやれるんじゃないか。」と思えるようにもなりました。
もっと、夢を見るべきだったのかもしれませんが、「働きながらでも大学は行ける。」と思って、京都に出てきて、もうとっくに40年が過ぎ去ってしまいました。



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